2009年07月26日

日本映画は風景を描く?

こんにちは。しばらく前にCNET JAPANの佐々木俊尚 ジャーナリストの視点と言うブログの記事で個人の狂気を見い出すフィルタリングシステムという記事を読みました。

この記事では、メディアの構造変化により、メインストリームから外れた場所で何かを生み出してきた日本人が、これからどんな変化をもたらすのか。その国民性を土壌にした視点での興味深い意見ですが、インターネット社会という難しい部分はさておき、映画作りについて興味深い例えが載っていたので紹介しておきます。

「アメリカ映画は物語を描き、フランス映画は人間関係を描き、日本映画は風景を描く」

一概には言えないですが、確かにそういう側面もあるなぁー。と思います。

一番共感したのは、アメリカ映画って、もうマーケティングされつくされたストーリーで、どうも作為的で好きになれなかったのですが、国民性を背景に言われると、「なるほど」と思います。

また日本映画については、次のように述べられています。

「(日本映画は)目の前に起きているさまざまな社会問題や人間関係の葛藤、他人の苦しみ、さらには自分の痛み。われわれにとってはそれらはすべて「風景」だ。どんなに深く関わろうとしても、しかしどうしてもコミットしきれない所与のものとして、われわれのまわりの事象はそこにある。だから日本映画には、向こう側に突き抜けられないことによる透明な悲しみが漂っていて、それがある種の幽玄的な新鮮な感覚として欧米人に受け入れられている。」

日本映画は、もちろん日本人を描いたものであるから、普段の日本人の生活や人との関わり方がテーマになるわけなので、そういうことになるのかもしれません。

でも、ただ風景であるだけではなくて、「内面的な昇華」という観点もあるように思うのですが、どうでしょうか。

現実を風景として、またシニカルに受け入れる。だけど何らかの変化を内面で帰着しているのが日本映画の余韻を残す部分で好きなんですけど、まあ、文化とか経済とかの説明には、使いにくい部分かもしれないですね。


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posted by 邦画生活take-naka at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記>煩悩と随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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